Beranda / ミステリー / 水鏡の星詠 / 名家の宿命 ③

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名家の宿命 ③

Penulis: 秋月 友希
last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-06 13:31:45

 クラウディアはテーブルの縁を強く握り、指先が白くなるほど力を込めた。

 グレタの顔にためらいの表情が浮かぶ。グレタは静かに息を吐き、杖を握った手を緩めた。

「『龍の涙』を狙う動きがあると聞いたんじゃ」

 グレタは杖を地面に軽く突き、背を伸ばしてクラウディアを見据えて言った。

「『龍の涙』は伝説に過ぎないと笑う者もおる。だが、わしはそうは思ってはおらん。シオンが死んだ事と、『龍の涙』を狙う動きが繋がっておるのではないか——わしはそう感じておる。わしがこの村の状況を探りに来た一番の理由が、それじゃ」

 グレタの声には老いた声とは裏腹の揺るぎない力強さが宿っている。グレタは間を置かず。畳みかけるように続けた。

「森が沈黙し、村々に異変が広がっておる。わしの村では木々が黒く枯れ、夜空から星が一つ、また一つと消え始めとる。人々は夢の中で叫び、目覚めても正気を失う。リノアとやらの星詠みの力が本物なら——その答えに近づけるかもしれん。この危機の中心に何があるのか、突き止めて欲しいのじゃ」

 クラウディアはグレタの言葉を静かに受け止めながら、その真意を探る視線を向けた。

 クラウディアの表情には緊張感が漂っている。内心で慎重に考えを巡らせている様子がうかがえる。

「『龍の涙』だと? シオンの死がそのような言い伝えと繋がっていると言うのか?」

 クラウディアの声が室内に鋭く響いた。

 声の震えと共に滲み出る感情は抑えることのできない困惑と怒りを映し出している。その姿は、村の守護者である彼女の心の葛藤を如実に表していた。

 グレタは目を細め、クラウディアの動揺を受け止めるように視線を合わせた。

「そうじゃ。もはや『龍の涙』はただの言い伝えではない。わしの村を含め、いくつもの村でそれに纏わる異変が起きておる。シオンの死が直接それと結びついているとはまだ断言できん——じゃが、シオンはいつも森で研究しておった。関わっていないはずがないじゃろう」

 その声には冷静さと確信が込められ、隠そうとしない姿勢がうかがえた。

 クラウディアは拳を握りしめ、息を深く吸い込んだ。唇の震えを抑えながら、鋭い視線をグレタに向けた。

「シオンが森で命を落としたことが、村の運命を変えた。それを否定するつもりはない。でもリノアを無理に動かそうというのなら、私には反対する理由がある。私は償うために、この村にやってき
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    「でもさ、あのシカなんで消えたの?」 トランが問いかけるように口を開いた。 その瞳には驚きとほんの少しの不安が混じっている。 リノアはヴェールライトのペンダントに視線を落としながら、答えを探るように考え込んだ。 森そのものが姿を変えた存在—— あの存在と対峙した時に私の心に芽生えた感情。それは恐怖ではなく、森が私に語りかけ、包み込むような不思議な感覚だった。「もしかしたら……森そのものが怒りや悲しみを、あのシカの形を借りて表現していたのかも。それが鎮められたから、霧と共に消えていったんじゃないかな」「えっ、あれってシカじゃないの?」 トランが不思議そうな顔でリノアを見つめる。「違うと思う……」 リノアは少し戸惑いながらもそう答えた。その表情には完全な自信があるわけではない。しかし自分の直感を信じようとする姿勢が感じられる。「私も何となくだけど、殺してはいけない気がした」 エレナの瞳には、どこか遠くを見るような思索の色が浮かんでいた。「森そのものが、私たちに何かを伝えようとしたのだと思う」 リノアの声には不思議な重みがあり、トランとエレナは無意識のうちに聞き入った。 トランは一瞬、口を開きかけたが、言葉が見つからないようで、すぐに口をつぐんだ。 室内に静寂が訪れる。「何だか、よく分かんないや」 トランがぽつりと呟いた。 リノアはトランに微笑みかけ、トランの混乱を受け止めた。「ああ、そうだ。クラウディア様から手紙を預かっていたんだった。リノアに渡してって」 トランが慌てた様子でポケットから紙を取り出した。それを受け取ったリノアは、クラウディアの文字が綴られた手紙に目を通す。 紙の表面には、独特の筆跡でこう書かれていた。リノアへ 星詠みとしての力を真に目覚めさせた時、あなたは龍の涙を完全に使いこなす資格を得るでしょう。 この龍の涙が秘める力は人類にとって必要不可欠なものです。しかし、その力を軽々しく扱ってはいけません。使い方を誤れば、その力は必ず破滅への道を開きます。 龍の涙の存在は決して知られてはならない。知られたら必ず奪いに来る者が現れます。その危険を忘れてはなりません。 グリモナ村の村長グレタ、そして付き添いの女性戦士を名乗るレイナ。この者たちが村にやって来ました。 グレタはリノアについて色々と詮索してきまし

  • 水鏡の星詠   ヴェールライト ②

    「リノア、それってペンダントについている鉱石と同じものじゃない?」 そう言って、エレナがペンダントを床から拾い上げて手に取り、鉱石の横に並べて見比べた。「ほら、ペンダントは加工してあるけど、同じものだと思うよ」 エレナの言葉にリノアはペンダントに目を落とし、ゆっくりとうなずいた。 輝きや質感は異なる。しかし根底にある力の種類が一致しているように感じる。「シオン、これをどこで手に入れたんだろう?」 リノアがぽつりと呟く。 この鉱石はこの付近で採れるものではない。「さっき、ラヴィナって言ってたけど、ラヴィナって誰?」 エレナがトランに問いかけた。「他の村に住んでる人だよ。鉱石にめちゃくちゃ詳しくてさ。シオンもその人から鉱石のことを聞いたんじゃないかな」 トランの声には好奇心と年下ならではの無邪気さが表れている。トランは見張り役として村の内外をよく知っている人物だ。「リノア、ラヴィナって誰か知ってる?」 エレナがリノアに問いかける。「ううん、聞いたことない」 村外の話を聞くことは殆どない。知っているのは外部と交流のある人くらいだ。「そっか。シオンが交流していたのなら、悪い人ではなさそうね。だけど、どうして、こんなものを手に入れようと思ったんだろ。ただ珍しいからという簡単な理由じゃないはず」「私もそう思う。鉱石とは言え、いたずらに破壊する人じゃないし」 ペンダントは加工してある。恐らく、シオン自らの手によるものだ。「シオンは全てのものに生命が宿っていると考える人だった。シオンはこの鉱石を手に入れ、そして加工する必要があった。ということじゃないかな」 エレナの言葉に、部屋の空気が少し張り詰める。「何かもっと大きな理由……」 リノアが呟くように言った。 獣の怒りを鎮めたこの鉱石が、ただの装飾品や珍品ではないことは明らかだ。「ラヴィナと会って、この鉱石について話を聞く必要がありそうね。その人なら、シオンが何を考え、この鉱石をどんな目的で入手し、加工したのか、手がかりが掴めるかもしれない」 エレナの言葉が静かに部屋に響く。 リノアはエレナの推測を心に刻みながら、ペンダントにそっと触れた。──ヴェールライトが私をどこかに導こうとしている……。 リノアは目を閉じて、心の中で輝きを放つ光を想像した。──このヴェールライトは、この

  • 水鏡の星詠   ヴェールライト ①

     リノアの手が震えながら伸び、机に散らばる鉱石の一つを掴んだ。 その指が触れた瞬間、冷たい感触がリノアの掌に広がり、鉱石が銀色の光を放った。強烈な光の波が部屋を一気に駆け抜け、獣の黒い霧を押し返していく。 獣の瞳が揺らぎ、その青白い光が一瞬だけ弱くなった。動きも止まり、威圧的な雰囲気が影を潜めていく。 その表情には抑えきれない悲しみの色が垣間見える。瞳の奥に、どこか遠い過去を見つめているかのような切なさ。黒い霧に包まれた身体が微かに震えている。 怒りの奥底に隠された深い悲しみ── リノアは、その存在が抱える苦悩と悲哀に触れたような感覚を抱き、胸の奥に何かが共鳴するのを感じた。 霧は獣自身の苦悩を語るかのようにゆっくりと形を変え、獣の胸の奥から漏れ出る呻きは痛みとなって部屋全体に広がっていった。 獣は青白い瞳を伏せると、前脚を折り曲げて上体をゆっくりと床に身を沈めた。 その姿は祈りにも似た純粋さが漂っている。何かを求めるような儚い気持ち……。 リノアを特別な存在として認めているかのようであった。 リノアは、その様子に息を飲んだ。 目の前に存在するのは敵ではない。何かに苦しみ囚われている存在そのものだ。その揺らぐ瞳の中に宿る無言の訴えが、リノアの心に深く響く。──何かの秘密に触れたような感覚がする。 目の前の存在は、私のことを、自然そのものを象徴する特別な存在であると認識している…… リノアは気づいた。自分の選択が、森全体の未来を左右するのだということを── リノアの心に畏れが広がっていく。 リノアは胸に下げていたペンダントを手に持つと、シカに似た存在に歩み寄った。震える手で、その首にペンダントをそっと掛ける。 シカに似た存在の表情が緩くなっていく。無垢で穏やかな瞳……。安らぎを思わせる本来の姿だ。 静寂の中、シカに似た存在はリノアをじっと見つめた後、ゆっくりと消えていった。黒い霧も共に消え去り、部屋に清浄な空気が満たされていく。 机の下に隠れていたトランが這い出し、身を震わせながら言った。「リノア、すげえ! 今、何したの? その鉱石、ヴェールライトの鉱石だろ? ラヴィナに使い方、教わったの? シオンでも使いこなせなかったのに」 矢継ぎ早に質問を投げかけるトラン。 先ほどの恐怖を忘れたのか、その瞳にはリノアへの驚きと尊敬が込

  • 水鏡の星詠   月明かりのシルエット ⑨

    「トラン! どうして、ここにいるの?」 エレナが弓を下ろさぬまま、鋭い声でトランに問いかけた。 警戒の色が未だ消えないエレナの目に、トランは居心地悪そうに頬を掻いた。「クラウディア様から手紙を預かったんだ。リノアたちに渡せって。何書いてあるか知らないけど……。居なかったら紙を置いて帰れって言われたんだけどさ。俺、待ってたんだ」 トランの声からは焦りと幼さが感じられる。「なんだか、もう、このままリノアたちに会えなくなる気がしてさ」 トランの瞳が揺れる。 熱と不安が入り混じったその声は、一瞬、エレナの表情を和らげた。「帰らなくて正解だったね」 エレナは再び、外に意識を向けた。 トランは見張り役として、森の異変——草木の枯れ、シカの狂気など様々なものを見てきた。外部の者との会話で他の村人よりは、外の世界のことも知っている。 姉のミラに守られがちだが、村のために役立ちたい。その想いは人一倍強い。 トランは「会えなくなるから」と言った。しかし、この場に踏み留まった理由はそれだけではないはずだ。「うわぁっ!」 トランが叫んだ。 突然、窓ガラスが激しい音を立てて飛び散った。鋭い動きで飛び込んできたのは、青白い瞳を持つシカに似た獣だった。その身体から立ち上る黒い霧が部屋を満たし、重々しい冷気が漂い始める。 トランが悲鳴を上げ、咄嗟に机の下へと隠れた。 エレナが弓を構え、鋭い眼差しで獣を狙う。 放たれた矢は空気を切り裂きながら飛び、かすかな音を響かせた。しかし獣は反射的にその矢を躱したかと思うと、鋭い勢いでリノアへ向かって迫ってきた。 獣の瞳がリノアたちを鋭く見据え、緊張が一気に高まる。 リノアは後ずさりながら、獣の鋭い瞳を睨み返し、距離を取った。その視線は獣の動きから一瞬たりとも離れない。──龍の涙が脈動している。自然が私に何かを訴えようとしているのは分かる。だけど、一体、どうすれば良いのか…… 全身を緊張が支配する。 リノアは深く息を吸い込み、胸の奥底に広がる緊張と不安を振り払おうとした。 この瞬間の選択が運命を大きく左右する——そんな得体の知れない感覚がリノアの心を支配した。「リノア、トランを守って!」 エレナの強い声が響いた。 その言葉に反応するように、リノアはトランに駆け寄り、机の下に潜り込むトランの前に立った。 震

  • 水鏡の星詠   月明かりのシルエット ⑧

     二人が扉を閉めた瞬間、背後から響いていた低い唸り声が、建物を隔てるように途切れた。室内の冷たい静寂の中で、リノアたちの荒い呼吸だけが響き渡る。 リノアは疲れた手で扉に寄りかかりながら、胸をほっとなでおろした。その一方でエレナは緊張を途切れさせることなく、鋭い目つきで外の気配を探っている。「ここからが本当の試練──まだ気を緩めてはいけない」 リノアは自分に言い聞かせるように呟き、そして立ち上がった。獣たちが、こちらの様子を伺っているのが分かる。少しでも隙を見せれば、たちまちやられてしまうだろう。 窓の外は霧が怪しく揺らめいている。 その中から浮かび上がる異様な姿…… シカに似た姿——角は不自然に曲がりくねり、瞳は青白い光を放っている、まとう黒い靄のような光が、その存在をこの世界のものとは思えないものにしていた。 その奇妙な生き物たちが研究所の周囲をゆっくりと彷徨っている。──悲しげな唸り声……これは自然そのものの怒りなのかもしれない。 リノアの直感がそう囁いた。 森の奥深くでオルゴニアの樹を傷つけ、鉱石を掘り起こす人間の姿が脳裏によぎる。──きっと私たちが自然を穢したからだ。決して動物たちのせいでは…… リノアは胸に手を当てた。──やはり、そうだ、龍の涙は自然の怒りに反応している! その感触にリノアの胸が痛む。 生き物たちの動きが次第に警戒を増し、悲しくも怒りを湛えた唸り声が低く響き渡る中、エレナは鋭い動きを見せた。「追い払わなきゃ」 そう呟いたエレナは即座に弓に手を掛けた。その瞬間、リノアの顔が強張った。「エレナ!」「分かってる。眠らせるだけよ」 エレナは矢筒から特殊な加工を施した矢を選び、慎重にそれを弓に掛けた。矢先には薬草から抽出された微量の神経毒が塗布されている。 エレナの瞳が鋭く光り、狙いを定めた。その姿は、一瞬の隙も許さない緊張感を纏っている。リノアは心の奥底から湧き上がる恐怖に飲み込まれそうになった。──矢を放つことで自然の怒りを更に煽ることになるのではないか。 しかしリノアには、どうすることもできない。自然への敬意と悔恨を胸にエレナの背中を見守るほかないのだ。 龍の涙はリノアの胸の内で赤く脈動し続けている。リノアはただ、その場に立ち尽くした。 と、その時、部屋の奥で小さな物音がした。 反射的にエレ

  • 水鏡の星詠   月明かりのシルエット ⑦

     エレナが森の奥をじっと見つめた後、リノアに目配せを送った。「もう戻って来る気配はないみたいね」 エレナが安堵した表情を浮かべて言った。「帰るよ、リノア。あまり長く、この場所に居続けない方が良い」 そう言うと、エレナは握りしめていた弓をそっと背中に回し、矢筒の中に矢を丁寧に収めた。その動作は穏やかでありながらも、戦士としての洗練された所作を感じさせる。 エレナは肩を軽く回した後、足を一歩、前に踏み出した。 リノアは水晶をポケットに滑り込ませ、最後にもう一度オルゴニアの樹を見ようと思い、振り返った。 背後にそびえるオルゴニアの樹── その威厳ある姿は月光を浴びて一層、厳かな雰囲気を纏っている。──この樹が見てきたこの森の物語は一体、どういったものなのだろう。私の知らないことを沢山、知っていそうだ。 リノアは、その雄姿を記憶に深く刻み込ませるように眺め、エレナの後を追った。 木々の間を抜けた月の光が道を照らしている。 その道の上を流れる一筋の風を感じていた時、ふとリノアの耳に音が飛び込んできた。 それは森そのものが警告を促すかのような不快な音だった。──この鳴き声は動物のものだ。 リノアは直感的にそう感じ、息を潜めたまま耳を澄ませた。 その不協和音にも似た動物たちの咆哮は森の奥深くから聴こえてくる。その不気味な声にリノア胸がざわつく。──動物たちが怒っている……。オルゴニアの樹に触れたからだろうか。 リノアがその感覚に思考を巡らせる間もなく、風が不意に止まり、森を包んでいた音が消え去った。突然訪れた異様な静寂にリノアは警戒心を覚えた。 空気がひどく重く感じられる。──獣の息遣いを思わせる音、そして、この地面を震わせる足音…… 森全体から発せられるこの緊張感は、まるで一つの意思がリノアたちを押し潰そうとしているかのようだった。 リノアは咄嗟にエレナの腕を掴んで言葉を投げかけた。「急いで、早く……!」 リノアの言葉に反応したエレナは、リノアと共に小走りで森を駆け抜けた、その目は森の奥深くを探るように鋭く光っている。 二人の足が濡れた土を踏み、静寂を断ち切る中、唸り声と獣たちの足音が背後から迫って来る。 走っている最中、リノアは胸の龍の涙に意識を飛ばした。──龍の涙が反応している! 静けさとは程遠い、激しい怒りに共鳴す

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